永遠の片思い?

読売新聞朝刊の「編集手帳」を毎日楽しみに読んでいる。
このコラムをPRするための新しいポスターが2種類、母への郷愁を綴った「母親編」と、夢を追う若者にエールを送る「ドラフト編」が完成し、まず「母親編」が地下鉄の中吊り広告として登場していると友人から聞いた。
現物を目にしてはいないが、ポスターには編集手帳に書かれていた文章の一部が抜粋されて載っている。
「親が子を思う情はいつの世にも、『永遠の片思い』であるという。
片思いに応えられる年齢になったとき、親はいない。
墓前にたたずめば人は誰もが、『ばか野郎』となじってもらいたい親不孝な息子であり、娘であろう」
このポスターを目にした人たちから「満員電車の中で見て、涙がこぼれてきた」「親の大切さと大きさを、改めて感じた」と、大きな反響を呼んでいるそうだ。
今日は1年ぶりに旧知の友2人と会い、それぞれの家族の健康と現状を確認し合う中での話題だった。
お互いの子どもが成長し、親の気持ちが少しずつわかるような年齢になってきてはいるが、まだまだ・・・というところ。
それも当然だ。
我々自身がまだ親から心配されている立場なのだから、我が子とて本当に親の気持ちを理解しきれるはずがないだろう。
年齢と共に次第に親に似てくる仕草などを、まるで敵のように嫌う。
それでもなお、親が子を思う情は、深く強いものなのだと知らされる。

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