すべては必要だから起きている

自分を取り巻く環境にいろいろな問題が生じた時、ややもすると「あの人が・・・・だから」とか「会社が・・・・だから」と、どちらかというと相手への不満をぶつけたり相手に責任転嫁をすることに気持ちが向いてしまい、自分はどうだったのかと振り返ってみることは忘れられがちです。
これは、病気になった時、病気そのものには目を向けますが、なぜ病気に至ったかという基の部分に目を向けないのと同じようなものだと思います。
もし自分になんら責任のない、既に問題が発生している環境の中に飛び込んだ場合、ただ水の如く現状に流されるのではなく、なぜそのような問題が生じていたのか、その中に飛び込んでしまった自分はどう対処すべきかなどを考えることも大切です。

自分にふりかかるさまざまな問題は、全てがその人に必要だから起きてくることなのです。
「この人なら乗り越えられる」あるいは「この人にはまだこの部分が足りない」という試練を与えられているのだと思います。
そのような時、「なぜ自分ばかりが・・・・」と嘆いたり不満を募らせるのではなく、これまでの自分の考え方、生き方、人との係わり方などを客観的に捉えなおす必要があります。

谷底から空を仰いで見ても、全体は見えません。
山の上に立って見ることで、谷がどのようなものであったのか、空がどれほど広いものかもわかります。
ただ早く現状から脱却しよう、早くよい結果を出そうと焦らずに、ちょっと立ち止まってこうして客観的に全体を見ることで、自分がどのような行動を起こしたらよいのかが冷静に判断できるでしょう。

自分に何か問題が起きても決して焦らずに、「これは必要だから起きている、よくなるために起きているのだから大丈夫だ」と確信し、安心することです。
そして自分が解決策を見出し目標を定めたら、「よし、やるぞ」という気構えをもつことです。この「よしやるぞ」という意識の本気度が大切です。
他人からアドバイスを受けたり意見を聞くのはよいですが、最終的には自分自身で決定し動かなければなりません。何事も他力本願でいると、必ず同じことの繰り返しになるでしょう。

ここで一つ大事なことは、他力本願でいると、たとえば誰かに相談した時に、相手の方が自分にとってすぐ解決できるような言葉を言ったり何かをしてくれなかったと思うこともあるかも知れません。
そのような時、きっと「何のために相談をしたのだろう。これでは何も意味ないじゃないか」と思うでしょう。
しかし、冷静に相手の言葉をたどってみると、必ず自分にとって必要なことを言ってくれているのです。
そのことに気づくか気づかないかで自分の方向性も決まってくるのではないかと思います。
これは、果たして自分自身はどうであったのだろうかと、自分への戒めの言葉でもあります。

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