身辺はできる限りシンプルに

暑い間休んでいた、母の部屋の片付けを再開。
母が使用していたスペースは家全体の一部に過ぎないが、それでも、居室兼寝室、広縁、納戸、内蔵と、そのすべてを片付けるには容易なことではない。
あまりにもたくさんの物が詰まりすぎている。
物を大事にする精神は十二分に理解しているものの、どうして、もっとシンプルにしておかなかったのだろうか?と思う。
要不要に分別していても、懐かしさから手が止まってしまうこともあるため、思うように作業がはかどらない。
業者に任せて片っ端から処分できるのであれば簡単だが、そのような訳にもいかない。
徐々に物忘れは増していくものの、年齢の割に記憶力が確かで、自分の持ち物をしっかり覚えている。
子供の私たちが“要らないだろう”と思うものでも、“母にとっては大切なもの”であることも・・・。
だからこそ、本人が納得できる形で片付けていかなければならない。
自分のものでないだけに、要不要の判断をするのは難しい。
 
こうして片付けをしながら、自分のことを考えてみる。
自分の持ち物はかなり片付けているつもりだが、子供たちから見ると、おそらく残しておきたいと思うものはほとんど無いだろう・・・と思う。
いつ、いかなることがあってもよいように、身辺はできる限りシンプルにしておきたい。
それが、何十年もの間、いつも思ってきたこと・・・。

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