今に生きている言葉

「子供は教師や親が教えようとしたものを学ばない」
教育とは前世代による後世代への作用の一切をいう。
大人の営みそのものが教育である。
ところが、学校教育が普及すると、意図的で組織的な教育作用だけが教育と思われるようになり、「無意識的=自然的」な教育が無視されるようになってしまった。
子供は教師や親が「教えようとしなかったところ」で学ぶものだという。
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1957年、福田恆存という人が『教育・その本質』に書いている文章について「今に問う言葉」として関西大学:竹内洋教授が取り上げていた。
う~ん、言えてる!
確かに、その通り!と思った。
自分の子供はもちろん、多くの子供を育ててきた経験からみても、子供は親や教師が教えようとすることよりも、それ以外のことに興味を持ち、楽しそうに学ぶ。
なぜ?
と思う親や教師も多いことだろう。
だが、子供というのはそういうものなのだ。
我が身を振り返ってみても納得がいく。
ところが、意図的な教育を押しつけようとする教師や親の方が多いものだから、反乱を起こす子供が次から次へと出てくる。
今から50数年前に書かれたことばが、現在もそのまま生きている。
「昔の人は、よく言ったものだ」と言うが、ほんとうに昔の人のことばには感心するばかりだ。

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