新聞記事より

今日の読売新聞朝刊には興味深い記事が幾つかあり、そのうちの一つは、「スピリチュアル」「スピリチュアリティ」について書かれていました。
いまやスピリチュアルブームですが、以下は記事の要約です。
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スピリチュアル・カウンセラーでお馴染みの江原啓之さんは、歌手美輪明宏さんとレギュラー番組「オーラの泉」をもつ。
江原さんの信奉者は「エハラー」と呼ばれ、その多くの支持者は、江原さんの教えに引きつけられているという。
その江原さんが、「本当のことをいえば、霊視でどんなオーラがみえるかなんてどうでもいい。世間ではとかく霊視といった不思議な現象に注目しがちだが、それはあくまでもデモンストレーション。そんな能力などなくても霊的真理は追究できる」と語る。
これに対し、一連の現象を突き放した見方もある。
スピリチュアリズムには一度忘却された過去もあり、今回もまた一時的なブームとして消え去るのではないか・・・と。
霊魂や霊界の存在を前提とするスピリチュアリズムが人々の間に浸透し続けていくかどうかは未知数だが、注目すべきは、必ずしも霊魂を前提としない「スピリチュアリティ」を語る運動も、着実な広がりをみせているという事実もあるという。
例えば、トランスパーソナル心理学では、「スピリチュアル=霊能というイメージで捉えられては困るが」という前置きをしつつ、「人間は、なぜ生れてきたか、と自らに問いかけざるを得ない存在だが、既成宗教の弱まった今、私たちは生きる意味を自分自身で作っていかねばならない。
いわば魂の自己探求が必要な時代であり、そこでスピリチュアリティが重要になってくるのは必然ではないか」
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周囲を見渡してみると、「オーラが見える」「相手の何かが見える、わかる」といった現象面だけに捉われ、見えるからといって得意になり、さらには「あなたは、ああだ、こうだ」と、自分に見えた?現象のみを相手に伝え、フォローするどころか、ただただ不安に陥れるだけという無責任な言動を耳にすることがあります。
正直のところ、「見えたからどうなの?」「わかるからどうなの?」と思うところですが、何らかの現象を相手に伝えた以上は、決して相手を不安な状態に置き去りにしないよう、アドバイスなりフォローなりしていくことが大事かと思います。
江原さんの人気のもとは、きちんとフォローするところではないでしょうか。
2つ目は、「言葉の力」についての中学校教諭の記事です。
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怖い言葉を使っている子どもたちに、道徳の時間「言葉の力」について考えさせた。
まず、紙に自分の顔を描かせると、毎日鏡で見ているはずの自分の顔が描けない。
「鏡の中の、何を見ているんだろう」と問いかけると、「なんか自分に話しかけてるかも。自分との会話」という答えが返ってきた。
「その自分に向かって『バカ』 『キモい』 『死ね』とか言ってる?」
「言うわけないじゃん」
「じゃあ、どうして人には言うの?」
自分自身には向けない嫌な言葉を、人に対して平気で使っていることに、子どもたちは気づいた。
「温かい心から温かい言葉、優しい心から優しい言葉。人を励ましたり、人を大切にしたりする言葉を使っていると、そういう人になるんだよ」
子どもたちの言葉が、少し優しくなった。
「『人の言ば』は『信じる』という字になるでしょう。
あなたが語ったその言葉を、自分が一番そばで聞いているよ」
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言葉は、良くも悪くも大きなエネルギーを持っています。
ネガティブな言葉も、ポジティブな言葉も、そのままそっくり自分自身に跳ね返ってきます。
22日のところで書いたような、わが身を振り返ることもなく感情的に発したネガティブな言葉も、数倍にも数百倍にもなって戻ってきます。
言葉は人を励ましたり慰めたりもしますが、凶器となって人の心を大きく傷つけることもあります。
自分が発したその言葉を、一番近くで、最初に聞くのは自分自身です。

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