見えないものに意識を向ける

ずっと長い間、1/15成人の日そして小正月であり、地方によっては年末年始を忙しく動き回っていたお嫁さんが、晴れて実家に里帰りできる日だと言われてきました。
ところが今では、連休にする為に成人の日は毎年不定日。
小正月行事を大事にする地方にとっては、15日をどうしているのかしら?とふと思いました。
私は、読売新聞掲載の“人生回廊”を長く愛読しています。
今日は『無明に光を』と題して、「形あるもののはかなさ・・・・見えぬものに目を凝らせ」という大見出しの、瀬戸内寂聴さんによる執筆でした。
その中に、
「一寸先は闇の無常の世の中だ。形あるものは全て滅びる。生きのびるためには、目に見えないものにもっと心の目を凝らしていくしかないと思う。日本がこれほど駄目になったのは、戦後50数年、ただ目に見えるものだけを追っかけてきたからなのである。目に見えないものとは何か。神であり、仏であり、宇宙の生命である。そして人の心である」
と書かれていました。
寂聴さんの書籍、執筆文はかなり読んでいますが、これを読んだ時、自分が長い間伝えたかったこと、伝えてきたことが、比較的誰もが目にしやすい新聞に小気味よく書かれていて、何か安堵感を覚えました。
著名な方が書くと違うものですね。
かなり何年も前から私が「人の心の大切さ」を訴えていたころは、「ふん」と鼻で高をくくるようにしか受け取られませんでした。
そういえば、現行の「ホームヘルパー制度」についてもそうでした。
17年前、この制度の必要性を訴えた時、まともに耳を貸してくれる人はいませんでした。ところが今はどうでしょう?
人間というのは本当に目先のことにしか目をくれず、見えないものには意識を向けようとしません。
決して生きのびるためだけではなく、人間として生きる上で大切なことと私は思います。
ところが「瀕死の状態」にまで陥らないと、そのことの大切さにはなかなか気づかないものなのですね。

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