「昭和の日」の今日は、東日本大震災から50日。
テレビ朝日が伝えてきた震災報道を振り返り、検証するという特別番組があった。

被災地の状況が刻々と変化していく中で、被災地が、全国の視聴者が求めている情報をきちんと伝えることができたのか。
テレビにできたこと、できなかったことは何か、を地震発生直後からのテレビ朝日およびキー局内の様子や被災地でのカメラマンの取材など、舞台裏を検証するというもの。

この一帯は地震直後から9時間ほど停電となり、復旧した時点でテレビから流れてくる被災地の映像には、<まさかこんなことになっているとは・・・>と目を見張り、その後も絶え間なく流れる被災地の様子に、心が痛むばかりだった。

人命救助か取材か。
大津波を取材した地元カメラマンの証言や映像からは、その葛藤の様子や自然の脅威・猛威への恐怖が滲み出ており、さらに胸を締め付けられる思いがした。

報道する側は、その時の最善を尽くしていたことと思う。

もっと、あんなことを、こんなことを伝えられたのではないか。
もっと、あんなことを、こんなことを知りたかった。

それは、後になってから言えること。
もし、そこから学ぶことがあれば、次にはそれを生かしていけばよいのではないだろうか。

大津波が襲いかかる様子を取材した人々、被災された人々。
その心の中は、大きく剔られたごとくではなかったかと想像する。

突然、何かに遭遇した時は、後になってから事の重大さに気づき、また悲しみ、苦しみが襲ってくる。
悲しかったら、辛かったら、思いっきり泣けばよい。
涙とともに、悲しみや辛いことを少しでも流すとよい。

いつか、知らず知らずのうちに、その悲しみや苦しみ、辛さから立ち上がることができるようになる。